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東京高等裁判所 昭和39年(う)2672号 判決 1965年9月27日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

控訴趣意第一点について。

所論は、本件事案の対象であるホンダ式耕耘機及びトレーラー一台(以下耕耘機一式という。)は専業農家である被告人にとり欠くことのできない農具で差押禁止物件に該るので、これに対してなされた国府川左岸土地改良区(以下改良区という。)の差押は絶対的無効であるから、被告人が判示のように無断でこれを持ち帰つたとしても、窃盗罪を構成せず無罪であるに拘らず、原判決が有罪の認定をしたのは法令の適用を誤つたものであると主張する。

よつて按ずるに、本件記録、原判決挙示の各証拠及び当審における事実取調の結果に徴すれば、原判示のようないきさつによつて改良区組合員である被告人に対する賦課金の滞納処分として所定の手続を経て被告人所有の本件耕耘機一式(これは被告人が代金二五万円で買い入れたものであるから、その所有名義を長男早雄のものとして畑野町長に届け出てあつたとしても、その実質的所有権は依然として被告人に帰属していたものであるという原判決の認定は一概にこれを不合理なものと断じ去るわけにはいかない。)を差押え、これを原判示の改良区事務所内製図室に保管していたことが認められる。

ところで、国税徴収法(以下税法という。)第七五条第一項によれば同項第三号所掲の「主として自己の労力により農業を営む者の農業に欠くことができない器具は差押えることができない」と規定されており、国税徴収法基本通達抜萃抄本、昭和三八年九月一一日付新潟地方検察庁相川支部検事宛国税庁徴収部徴収課長作成の回答書の各記載と原審証人西山英次、同荒木政之丞、同鉄也こと堀沢哲弥の証言により認められる国税庁の基本通達に基づく右条項の解釈としては、「主として自己の労力により農業を営む者」とは生計を一にする親族以外の他人の労力または物的設備に殆んど依存することなく農業により生計を維持しているいわゆる専業農家を指し、「農業に欠くことができない器具」とは滞納者及びその者と生計を一にする親族が農業を行うため必要最低限の器具(例えば鋤、鍬の類)の趣旨であるとされており、従つて税務当局としては、耕耘機のような機械類は右条項にいわゆる一般の差押禁止財産に該当しないとの見解の下に事を処理していることが窺われる。もとより法令の解釈及び適用は裁判所の責任においてなすべきことであり、徒らに行政機関の取扱実例にとらわれるべきでないことはいうまでもない。そして右弁護人主張の如き解釈を支持するものとして、原審証人鈴木吉治郎の証言、特に当審証人榎本善一郎の証言及び榎本鑑定人作成の鑑定書の記載はまことに傾聴すべき点を多く含んでいるものと思われる。しかしながら、仮に右見解を採るにしても、本件差押は違法かつ無効なものであるというに止まり、差押行為そのものが存在しなかつたと同様であると解することはできない。他方また、本件耕耘機が税法第七五条第一項第三号の器具のうちに含まれないとする見解をとるにしても、それが同法第七八条第一項第一号所掲の条件附差押禁止財産に該当することは明らかであるから、本件の如く滞納者たる被告人所有の原判示畑一反五歩(時価約二〇万円乃至三〇万円相当)という本件滞納賦課金等合計四九、一二〇円の全額を徴収するに足る適当な財産がすでに差押物件として提供されているにもかかわらず、滞納者たる被告人の意思に反してなされた右耕耘機に対する差押処分はやはり違法かつ無効のものとして取消さるべきものと解するほかはない(もつとも右畑に対する差押えについては、本件耕耘機差押手続終了後、同日付をもつて差押登記の抹消登記手続のなされていることが認められるが、それだからといつて右耕耘機差押えの違法が治癒されるものということはできない。)すなわち、叙上いずれの見解をとるにしても本件耕耘機一式に対する差押処分を違法かつ無効のものと解すべき点においては彼此その結論を異にするものではない。(ちなみに、相川検察審査会議決書謄本によれば当初相川区検察庁においては耕耘機が税法第七五条にいわゆる一般の差押禁止財産に該当するとの見解の下に起訴猶予処分に付したもののように解せられる。)従つて、本件耕耘機一式の差押えが違法かつ無効であると主張する限度において論旨は理由があるといわなければならない。

しかしながら、前述のとおり本件耕耘機一式の差押えが違法かつ無効なものであるといつても、無効な差押行為は不成立な行為と異り、執行法上ある程度の存在意義を有し、また、刑法上の保護も認められなければならない。したがつて被告人が長男早雄と共謀のうえ、原判示改良区理事長本間朝之衛の事実上の占有管理内にある右耕耘機をその意に反して運び去つた所為はやはり窃盗罪の構成要件に該当するものと解すべきである(最高裁判所昭和三四年八月二八日言渡判決((集一三巻一〇号二九〇六頁以下))及び同昭和三五年四月二六日言渡判決((集一四巻六号七四八頁以下))各参照)。

控訴趣意第二点について。

所論は被告人の行為は違法性を阻却し罪とならないと主張する。

よつて、本件記録、原判決挙示の各証拠、当審における事実取調の結果に徴すれば、被告人はさきに新潟地方裁判所相川支部に対して申し立てた賦課金免除等請求事件の調停手続が昭和三六年一月三〇日不調に終るや、「俺は差押された耕耘機は生活に欠くことのできないものであるから取返すつもりだ。」と公言し、自力をもつて本件耕耘機一式を奪回することをほのめかしていたこと及びその後被告人が前記早雄と共謀のうえ、原判示日時頃原判示事務所に立ち入り管理者の説得に耳を藉さず、内部から釘付けのガラス戸を無理にはずして外側の雨戸二本をこじ開け、本件耕耘機一式を県道へ運び出して持ち去つたことをそれぞれ認めることができる。

所論は、本件差押は本来差押禁止物件でかつ二重差押の違法無効なものであり、更に被告人及び早雄においてもその無効を固く信じ、本件耕耘機を取り戻すことはなんら犯罪にならぬと信じて本件所為に及んだものであるから、被告人は全く窃盗の犯意を欠くもので、外面上は一応窃盗罪の構成要件を具備するとしても、正当な自救行為としてその違法性を阻却するものとして無罪であると主張する。

しかしながら、被告人の本件行為がその犯意の点をも含めて窃盗罪の構成要件に該当することは先に説明したとおりであつて、所論前半はいわゆる法律の錯誤を主張するに帰してその理由なく、

なお、所論は被告人は昭和三六年一月三〇日調停不調の帰途真野巡査駐在所の風岡巡査に尋ねた結果本件差押は無効であるから差押えられた耕耘機を実力で取り戻してもさしつかえないものと確信した旨指摘しているが、原審証人風岡正の証言によれば被告人から差押えになつた耕耘機は伜の物だが持つて来てもよいかと尋ねられたので差押は根拠がなければならない筈だし警察として刑事事件でも起きなければ介入すべきでないと思つたので確答しなかつたことが認められるので右論旨は採用することができない。また、被告人において本件差押が違法または無効であるという理由によつて耕耘機を取り戻すためには、須らく所轄行政庁に対する再調査の請求、審査の請求等の方法により法律上の救済を求めるべき筋合のものであつて、このような合法的措置をとることによつて時期を失し、権利の実現が事実上不能または著しく困難となるような特別の事情の存在も記録上窺われない本件において、被告人が前示のような手段方法によつてほしいままに耕耘機一式を取り戻した行為は緊急性及び手段の相当性という自救行為の要件を欠くものであるといわなければならない。したがつて、被告人の本件行為が現行法上許された自救行為であつて、違法性を阻却するものであるという所論後半もまたその理由がない。これを要するに、被告人の所為はまさに刑法第二四二条所定の窃盗罪に該当するものというべく(原判決には法令の適用として刑法第二三五条第六〇条を掲げ右同法第二四二条の適用を遺脱しているが、右誤は判決に影響を及ぼすことの明らかなものとはいえない。)、結局原判決に法令適用の誤ないし事実誤認の廉はないことに帰着する。(樋口勝 小川泉 金末和雄)

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